K休憩所

釣語回帰と沈黙の再接続―ギルドチャットに漂う水棲的赦し―

※このお話はこちらの続編です。どちらから読んでも特段不都合はありません。

再び釣果ゼロ

都市部の時間は加速する傾向にあるが、それに抗うように作られた釣りアプリ「釣討ログEX+(β)」は、一定時間操作が行われないと“再接続ポイント付近です”という通知を勝手に送信する設計となっていた。開発者の意図は不明であるが、精神的負荷をかけない設計という点では、ある意味で成功していたとも言える。

カオシドロがその通知を受け取ったのは午前4時17分。既に空はうっすらと青白く、彼の中にある“過去ログ”が一斉にスクロールを始めるような気配があった。前回、この入り江で遭遇した“魚人”との討論は、明確な結論を持たずに終了したが、釣果ゼロという状態だけは確実に記録されていた。つまり「記録に残らない会話」が唯一の釣果であった。

その日、カオシドロは餌も針もつけない状態で釣り竿を持ち、再び無人の入り江へと向かった。潮は干いていた。風もなく、空気は温く、海面には前回の出来事が未だキャッシュとして残っているような、記憶の残滓が滞留していた。彼の手元には保冷剤だけが入ったクーラーボックスと、電源の入っていないスマートフォンが置かれていた。

浮きは沈まず、魚の気配も皆無だった。だが彼にとって、それはむしろ好ましい条件であった。釣れなければ、何も起こらないと信じていた。あるいは、「何も起こらないこと」が最も安全であるという前提の上に、その日の釣行は始まっていたのかもしれない。

午前6時43分、カオシドロの視界の端に、海面の異常な「鈍い膨らみ」が映った。音はないが、何かが確実に近づいている。浮きは動かないのに、水がほんのわずかに逆流していた。次の瞬間、海面からぬるりと現れたのは、見た目には明らかにナマコ的だが、構造的には発話機能を内包しているとしか思えない、異形の水棲存在であった。

その存在は、極端にゆっくりとした動きで体を傾け、発声機関と思われる部位から、摩擦音の混ざった声を絞り出した。

「…………おはよう……ございます……たぶん……」

沈黙が発生した。空気中の分子運動までもがその間延びに付き合うかのように、空間は凍結に近い状態を迎えた。普通の人間であれば、ここで悲鳴を上げて逃走するか、少なくとも周囲を見回して別の目撃者を探すだろう。しかしカオシドロは違った。彼は、一度だけ深く息を吸い込み、こう心中で呟いた。

「……この喋りのテンポ、聞き覚えがある」

そう、かつて魚人が語った「ナマコくん」。†深淵の棘魚団†に所属していたが、チャットが遅いという理由で除名されたプレイヤー。魚人が「あれは申し訳なかった」と反省していた存在。それと酷似した喋りと、呼吸のように時間を滑らせる語調。そして、海面に浮かぶその形状は、明らかにナマコ的な配列構造を示していた。

ナマコは、ゆっくりとその表皮を震わせながら再び発声を試みた。

「……あなたが……釣った……わけでは……ないんですが……出ました……すみません……」

謝罪のタイミングも、内容も、全体的に不明瞭であったが、その言葉には敵意がなく、むしろ、どこか「間違って湧いてしまったことへの遠慮」が感じられた。カオシドロは、釣果ゼロの早朝に訪れたこの異形の再会を、拒否する理由を持たなかった。彼は竿を脇に置き、静かに言った。

「……話してみようか」

こうして、釣り糸の先ではなく、水面のすぐ向こうに現れた「過去の被害者」との沈黙に満ちた対話が始まった。釣れたのは魚ではなく、たぶん――“ログの向こう側に取り残された誰か”だった。

除名されたナマコくん

ナマコくん――と仮称する他なかった。カオシドロの目の前に浮かんでいるその存在は、名前も自己紹介もないまま、ただ「喋るのが遅い」という一点のみで、過去から認識可能な個体であった。

ナマコくんは発声のたびに微細な水泡を生じさせていたが、それは言葉というよりも、音素単位の湿気のようなものだった。彼の語りは遅く、かつ重たかった。重力がかかっているのではなく、「記憶を手動で掘り起こしている」ような手触りがあった。

「……昔……ギルドに……入って……ました……†深淵の……棘魚団†……です……」

その発言に対し、カオシドロはうなずくこともできなかった。ただ、膝に置いた手がわずかに震えた。彼はすでに知っていた。そのギルドにおける“除名事件”のことを、前回遭遇した魚人から聞かされていたからである。

ナマコくんの語りは続く。話すたびに水面がわずかに揺れ、言葉が終わるたびに周囲の静寂がひとつ大きくなるような奇妙な間が生まれた。

「……わたし……チャット……遅かったんです……“了解”って……打つのに……一分……かかってて……」

カオシドロは、静かに首をかしげた。まさかこの静かな入り江で、“あの了解”の本人と会うとは思ってもみなかった。魚人は言っていた、「あれが転機だった」と。つまり、今ここにいるナマコは、かつて魚人の認識を変えた、その“端末の向こう側の他者”だったのだ。

「……除名されて……から……ログイン……しなくなって……」

ナマコくんはそう語った。語尾が少し溶けていたのは、謝罪でもなく後悔でもなく、「ただそうなった」という事実そのものの流動性が滲んでいたからだろう。彼は「誰が悪い」とも言わなかった。むしろ、誰かが悪かったとしても、間に合わなかっただけだという静かな理解を持っていた。

カオシドロは、ふと竿先に目をやった。浮きは変わらず、ぴくりとも動かない。だがその無音の浮力が、今は何かの代弁をしているようにも感じられた。

「……ギルドの……人たち……いい人でした……でも……早くて……ぜんぜん……ついていけなくて……」

その声は遅かったが、確かだった。カオシドロは、前回の魚人との会話ログを脳内から再読込するように、ゆっくりとナマコくんを見た。あの魚人が、自らの過去の過ちとして語った「ナマコくん」。そして今、語っているこの存在は、自身の過去をただ再生しているだけでありながら、それでも今こうして浮上してきた。

「……あのとき……“しゃべりが……遅い”って……だけで……キックされた……それが……初めての……除名で……」

語りながら、ナマコくんの体表に小さなサーバーエラーのような泡が浮かび、それはすぐに崩壊した。カオシドロは思わず、「ごめん」と呟きそうになったが、言葉を止めた。それは自分の過ちではない。だが、既に知っている過ちに対して、今こうして“顔”を得た相手を前にして、ただの傍観者で居続けることもまた、実質的な責任ではないのかという認識が、足元に重く沈んでいた。

「……それでも……あのギルド……好きでした……毎週……集まって……海藻で……エンブレム作って……」

その語り口には、憎しみはなかった。あるのは、ただ「参加していた」という過去への静かな肯定であり、それが今も海中のどこかに漂っている“思念ログ”として残っていることを示唆していた。

カオシドロは、その言葉を一つ残らず聞き届けるという行為を選んだ。反論も、肯定も、無用だった。ただ、目の前で語られるログを受信する。それが今、自分にできる唯一の釣りだった。

そして、彼は気づいていた。このナマコくんの語りが、あの魚人の“後悔”と対を成す存在であることを。片方が針を落とし、もう片方が浮き上がる。釣れなかった過去と、釣られてしまった記憶。それらは今、静かな入り江で交差しようとしていた。

伝えられた反省

風は出ていなかったが、空間には何かが動き始めた気配があった。ナマコくんの語りは続いていたが、そのテンポは変わらなかった。遅さは彼にとっての“基準値”であり、加速することは彼の構造上、そもそも想定されていない。

カオシドロは、その語りの間に空いた沈黙に、何かを差し込むべきかを迷っていた。だが迷いは長く続かなかった。語られた過去があまりに明確で、そして一致していたからだ。

彼はポケットから釣討ログEX+(β)を取り出し、画面を一度だけ指先で撫でた。反応はなかったが、記憶の再生には十分だった。あの日――魚人が語っていた後悔の数々。その中でも、とりわけ重いログが存在していた。

「……君のこと、聞いたことがある」

カオシドロがそう言ったとき、ナマコくんの体表が一瞬だけ硬直した。明確なリアクションではないが、水棲構造体における“注目”の仕草としては標準的とされる挙動である。

「前にここで魚人に会ったんだ。そのとき彼は、“昔はトゲトゲしていた”って言ってた。そして、“チームの空気を壊す存在”を切り捨ててたって。……その中に、君がいた」

ナマコくんは沈黙した。先ほどまで断続的に流れていた発声が止まり、海面にはただ、漂流する記憶の泡だけが残された。

「“了解”って返事、1分かかってたけど……それでも彼は言ってた。“ログに残ってたんだよ、ちゃんと”って」

その言葉に、ナマコくんはわずかに姿勢を変えた。海水に対して角度10度以下の斜傾をとり、浮遊状態を保ちながら再び発声を試みる。

「……そんな……ふうに……言って……くれたん……ですか……」

それは驚きではなく、ある種の“確認”であった。魚人が何を言い残したのか、彼は知らなかった。ギルドから除名されて以降、再ログインもしていない彼にとって、それは永遠に未受信のチャットだった。だが今、こうして他者の口から伝達されたことで、それは初めて“届いた”ことになった。

カオシドロはそれを言語的に解釈することなく、ただ沈黙の返答を返した。ナマコくんの泡はゆっくりと割れ、次に浮かび上がった文字は、水面にうっすらとこう表示されていた。

《†深淵の棘魚団†:過去ログ検索モード起動中》

それは幻覚ではなく、アプリによる投影とも思えない自然発生的ログ再現現象だった。過去のチャットログの断片が、水面に字幕のように浮かび上がる。

「ナマコくん、反応遅くね?」 「確認できないならキックで」 「……了解」

最後の“了解”だけが、明らかに異質だった。表示速度が遅く、文字がひとつずつ滲むように表示された後、水に溶けて消えた。魚人が「ログに残っていた」と語った、まさにその行だった。

ナマコくんは、そのログをじっと見つめたまま、動かなかった。たとえそれが自分の発言だったとしても、それを“他者の記憶を通じて”確認するという行為は、彼にとって初めての通信形式だったのかもしれない。

「……あのとき……なにも……言えなかった……から……」

彼の語りは変わらなかったが、意味は変わっていた。今、ナマコくんの“言えなかった”過去が、他者の回線を経由して届いたことにより、新しい文脈として再構成されつつあった。

カオシドロはそっと、竿を寝かせた。もはや浮きの動きは意味を持たない。釣りとは“関係の構築”に他ならないのだと、今の彼には言い切る資格すら芽生えつつあった。

「彼は、許してもらえるとは思ってなかった。でも……話してた。ちゃんと」

ナマコくんは、再び静かに発声した。

「……それだけで……十分です……私は……釣られても……いいと……思いました……」

この言葉がどのような意味を持つのかは不明である。だが少なくとも、この日カオシドロの心には、“過去の誤配達が修正された瞬間”として強く刻まれた。

次元の壁を越えて送られた後悔。未読だった謝罪。喋りの遅さによって切断された絆が、沈黙によって接続されたのだった。

遅延する赦し

釣果ゼロという状態には、統計的な虚無だけではなく、意味の再定義が含まれている。浮きが動かないこと、糸がたるむこと、それ自体が「発生している」という事実であり、魚が釣れなかったからといって、何も得られていないとは限らない。

ナマコくんの語りはすでに終わっていた。しかし、それは“終了”ではなく、“発信完了”であり、受信者側の処理待ちが続いているだけの状態であった。カオシドロは、しばし沈黙の海面を見つめ、次の操作を決定するための“内的アップデート”を進行中だった。

そして彼は、アプリ「釣討ログEX+(β)」の設定メニューを開き、かつて魚人に勧められた隠し機能――**ギルド・霧の再編版(仮設)**へのアクセスを試みた。画面には、小さく「†深淵の棘魚団†(リビルド)――空席:1」と表示されていた。

「……戻ってみる?」

問いかけではなく、提案でもなく、ただの語句だった。だがナマコくんは、それに対して反応を示した。彼の構造上、表情は存在しない。だが“わずかに角度を傾ける”という行為によって、彼は「はい」と言ったのだった。

カオシドロは、「招待」をタップした。画面が一瞬だけ光を放ち、次の通知が届く。

《ナマコが†深淵の棘魚団†(霧)に参加しました》

それは音も振動もない通知だったが、カオシドロの内面には明らかに“クリック感”が残った。ナマコくんの存在が、一つの場所に再び配置されたという確信。それはもはや釣果という名の物理的成果ではなく、概念的ログ構造の安定化であった。

「……もう……ログインして……いいんですか……?」

ナマコくんが問うた。その語尾には、0.3秒だけ揺れる海水の気配が含まれていた。

「むしろ……君がいないと、倉庫がバグるらしいよ」

そう言ったカオシドロの返答は、冗談のようでいて構造上は完全に正しかった。†深淵の棘魚団†には、かつてナマコくん用のアイテムスロットが1枠だけ確保されており、除名以来ずっと「未使用・未釣」と表示されたまま残されていたのだ。

その事実を、ナマコくんは知らなかった。

「……それ……まだ……残ってたんですか……?」

「残ってた。たぶん、魚人が消せなかったんだと思うよ」

ナマコくんは静かに、しかし明確に海中へと一回転し、反転姿勢をとった。それは水棲構造体における「合意表明の儀式動作」に該当する。通常、パッチノートには記載されない所作であるが、水中文化圏では非言語的プロトコルとして一般的に理解されている。

そして次の瞬間、釣り糸がピンと張った。

それは誰かが引いたわけでも、魚が食いついたわけでもなかった。ただ、“接続が成立した”という事実だけが、釣り竿の構造にテンションを生んだのだ。浮きがゆっくりと沈み、水面に文字列が浮かび上がった。

《再接続成功。新釣果:関係修復》

風が吹いた。潮がわずかに満ちてきた。ナマコくんは波間の奥へとゆっくりと移動しながら、最後にこうつぶやいた。

「……あのとき……ギルド宛に……カレーパン……送りました……“バッファローの祈り”……添えて……でも……多分……腐って……ました……」

この言葉の意味はわからない。ただ、それをどうにかしようとした痕跡だけは確かに受信された。カオシドロは、わずかに笑いかけそうになったが、代わりに言った。

「それ、多分届いてたよ。……パンの形、してなかったけど」

ナマコくんの輪郭が波に溶けていく。完全な消失ではなく、“オンラインステータスの変更”のような現象であり、次に会えるかどうかは潮とログインタイミングに依存していると思われた。

浮きは完全に沈み、竿はもはや釣り具ではなく、アンテナのように静かに立っていた。

そして最後の通知が届く。

《未釣の魚との会話が完了しました。思念ログは保存されました。次回再接続時に反映されます。》

カオシドロは空を見上げた。アプリのアイコンは、ほんの少しだけ笑っているように見えた。いや、たぶんそれは錯覚だ。だが、その錯覚に価値があると感じられる程度には、今日の釣果はあった。

次に釣れるのは、何かの形をした後悔かもしれないし、ただの設定ミスかもしれない。

だが少なくとも今、彼のギルド倉庫には「遅れて届いた一人分のログ」が、静かに保存されている。

再会という未釣ログ

潮位は前日比で約3.2ミリ上昇していたが、これは再会に必要な物理的閾値として十分な数値とされている(出典:潮汐感応型対話理論・仮説案第二版)。その日、入り江には風がなく、釣り人もおらず、ただプロトコル上“つながるべき会話”だけが静かにスタンバイしていた。

魚人が現れたのは午前7時12分。完全な静止状態から、音を立てずに水面を割って浮上するその姿は、前回と変わらぬ上半身ヒューマノイド・下半身ヒレ構造を維持していた。挨拶の第一声は、想定よりも日常的だった。

「潮、変わりましたね」

この発言には敵意も含意もなく、ただの自然観測に近かった。だが、続く行動は“日常”の範囲を逸脱していた。魚人は水上で小さく手を動かし、空間から湯気の立つカップを再び取り出す。ブランドは不明。カップには「今日も未釣、上等」の文字が記されていた。

そのとき、海面に“ぬるん”とした動きが生じた。潮流の方向とは無関係に、別の振動が干渉していた。魚人はそれを察知し、言語ではない方法で「来たな」と反応した。

浮上してきたのは、記録上“ナマコくん”とされる発話型水棲生物であった。以前よりややツヤがあり、処理速度が+0.2秒改善しているようにも見えたが、会話テンポは依然としてナマコ特有の間合いを保っていた。

「……こんにちは……たぶん……」

魚人の目が、わずかに見開かれた。敵意でも驚愕でもなく、演算の再開とでもいうような、内部処理が再起動された視線だった。数秒の沈黙の後、魚人は言った。

「ナマコくん……まさか……ログインしてくれるとは」

「……あなたが……言ってたんですね……“了解”……ログに……残ってたって……」

その一言により、海面にわずかな波紋が広がった。それは物理的な水の動きではなく、周囲に滞留していた未整理の感情ログが水温に触れて動き出すような、不定形な揺らぎだった。

「……あのとき……ごめんなさい。本当に」

魚人が語ったその謝罪は、前回カオシドロに語られたものよりも明瞭で、より直接的であった。以前は“誰か”に向けていた謝罪が、今まさに“本人”に向けて実行された。謝罪という動作がようやく、正しいポート番号に届いた瞬間だった。

「……遅かったですね……でも……うれしいです……」

ナマコくんはそう返した。内容は簡素だが、そこに含まれる対話圧は大きかった。通信の遅延が誤解を生み、誤解が沈黙を生み、それが時間という海底に堆積していた。今、二人はその“沈黙の堆積物”の上で再接続を行っていた。

魚人は、視線をわずかに斜めに向け、虚空に向かって手を振る仕草を見せた。すると、不可視のウィンドウが海面に展開される。内容は†深淵の棘魚団†・旧ギルド倉庫のインターフェースだった。

「ここに……まだ残ってたんですよ。君宛のアイテム。バフスクロール×1と、なんかバッファローの……なんだったかな」

「……祈り……です……たぶん……」

その一言で、魚人は笑った。音もなく、ただ顔面の筋肉の配置だけで示された“笑顔”だった。ナマコくんの表情構造では、表情を模倣することはできなかったが、波間に生じた熱伝導パターンにより“反応している”ことは十分に伝わった。

しばしの沈黙。潮がわずかに高まり、空が反射し、二人の輪郭が水面に二重写しとなる。そこにはもはや、かつての上下関係も除名通知もなかった。ただ、通信の再接続が“過去を上書きせずに、未来の座標を確保する”という事実だけが、淡く漂っていた。

「……じゃあ……また……ログイン……しますね……ただ……遅いので……先に……入ってて……ください……」

「了解。いくらでも待ちます。」

魚人がそう返した瞬間、水面にチャットログが浮かび上がる。

《魚人:ログイン完了しました。ナマコくんを待機中です》

《ナマコくん:……了解……》

その“了解”は、今度は約1分15秒かけて、丁寧に打たれた。そしてそれは、削除されることなくログに残された。

ふたりの再会は、釣果とは無関係だったが、確実に“ひとつの魚”を釣り上げていた。形のない、言葉より遅い、赦しという名の未釣ログである。

風が吹いた。今度は、ちゃんと釣り糸も揺れていた。

※このお話はフィクションです。
管理人が中学生の頃のネトゲ友達には「君が引退するなら俺も引退するよ」と言ってくれた同い年の清く優しい奴がいました。結局私の自然消滅により関係は終わりましたが、貴重な思い出です。勝手に美化して申し訳ない・・・。