ショッピングモール統合事故対策報告書:アラモール迷走事件の記録
フードコート7連続配置の謎
地方都市ユクサ地区の開発再生プロジェクトの一環として開業した大型ショッピングモール「アラモール」は、開業初月から異常な数のクレームを受けることになった。来場者の多くが共通して訴えたのは、「何度歩いても同じ景色が続く」「どこまで行ってもフードコートがある」「気づいたらまた同じ書店の前にいた」という不可解な現象である。
モールの広さ自体は全国平均をやや上回る程度で、構造的にも一見オーソドックスな三層構造である。にもかかわらず、来訪者の平均滞在時間は約6時間にも及び、出口が見つからずに係員に救助されたケースも14件記録されている。
施設の公式案内図には、フードコートが「南ウィング1階」「西ウィング2階」など5箇所と記載されているが、実際に調査した結果、7箇所にフードコートが設置されていた。また、3店舗連続で同じ書籍チェーンが並んでいたり、明らかに業態が重複するペットショップが通路を挟んで向かい合っていたりと、設計上の整合性に疑問が残る配置が随所に見受けられた。
こうした状況に対し、施設管理責任者であるスリップ部長は「オープン直前にテナントの入れ替えが相次ぎ、最新の案内図の印刷が間に合わなかっただけ」と説明するが、館内で実際に確認されるフードコートのひとつには、店舗名も価格表も手書きで貼られており、冷凍チャーハンがそのまま紙皿に盛られるという運営実態が判明している。つまり、公式に把握されていない**“非正規フードコート”**の存在が疑われている。
また、施設内の自動案内パネルが全て「一時調整中」と表示され、起動していないことも混乱を助長している。実際、来場者の証言によれば「3時間かけて歩いたのに、最初に見たソフトクリーム屋の前に戻っていた」「エスカレーターで上がったのに、同じ階に戻ってきたような感覚になった」など、方向感覚を喪失した状態での回遊が繰り返されている。
特に高齢者層からの苦情は深刻で、「ようやく出口が見つかったと思って外に出たら、そこもフードコートだった」という訴えもあった。実際、モール北口には本来存在しないはずの臨時営業フードエリアが建て増しされており、許可申請の記録がないことが後に判明している。
施設常駐の清掃員ヨリミツは、こうした状況を目撃した初期の人物の一人である。彼の証言によれば、「フードコートって最初2つだけだったんですよ。気がついたら4つになってて、最近じゃ7つ?ていうか、昨日なんか“カレーパン専用フードコート”ってのが急にできてた」とのこと。施設側に確認したところ、そのような施設の申請記録はやはり存在しなかった。
このような背景を受け、地元行政は施設の運営に関する監査を実施することを決定。都市施設動線コンサルタントであるカオシドロが調査チームに招致されることとなった。カオシドロは、これまでにも複数の複合商業施設で「客が出口を見失う」タイプのトラブルを分析してきた実績を持ち、今回の案件についても、「客動線の異常な循環構造と、情報伝達機能の欠如が重大な要因である可能性が高い」と初期見解を示した。
なお、初動調査の時点で、館内の音楽が常時「ポップス風ジングルベル(7分超)」でループ再生されていることが判明しており、季節感との乖離により来場者の時間認識が混乱している可能性も指摘されている。
次章では、アラモールがこのような構造的混乱に至った背景と、モール統合計画の意思決定過程について詳細に検証していく。
統合の失敗と“無責任な最適化”
アラモールの構造的混乱の原因を探るうえで、まず注目すべきはその成り立ちである。
アラモールは、もともと近隣に点在していた4つの老朽化ショッピングセンター(カオシ堂、ネリオタウン、パブリコートA・B)を再開発予算の統合措置により一体化した施設であった。都市再整備法第22条に基づく「複合施設連携構想」として計画されたが、その実態は“予算を1か所にまとめたほうが見た目がいい”という財政部門の判断に過ぎなかった。
関係者の証言によれば、当初は4施設を個別にリニューアルする予定だった。しかし、行政主導の「商業統合ビジョン2021」では、「テナントの選択肢を増やす」「買い回りを促進する」などの抽象的な目標が並ぶ一方で、動線設計や階層連結の具体的な検証がなされていなかった。結果として、異なる構造・コンセプトを持つ施設が強引に連結され、物理的にも心理的にも方向感覚を損なう空間が生まれた。
加えて、問題を複雑にしたのは、設計段階における**「最適化」の誤用である。当時、設計会社側は“テナント同士の相乗効果”を狙って、業態の近い店舗を意図的に近接配置した。これは一見合理的に見えるが、実際には、「同じ衣料品チェーンが2店舗並ぶ」「本屋が3店舗連続する」「靴屋の隣もまた靴屋」といった利用者混乱を引き起こすレイアウト**を生み出すこととなった。
こうした問題について、施設設計会社「ドンナミカタ建築設計株式会社」の担当者は次のように述べている。
「“類似テナント近接配置”は顧客に比較検討のしやすさを提供する最新の動線設計です。混乱が生じるのは、客の情報処理能力に課題があるからだと理解しています。」
この見解は広範囲で大炎上を招いたものの、設計方針自体は変更されることなく進行した。さらに、モール内に設置されたフードコートについても、「どのウィングにも食事処があるべき」という均等分配思想が徹底され、結果として各フロア・各エリアにほぼ強制的にフードコートが配置された。
施設内部の動線設計も、旧モールの構造を生かしつつ繋ぎ合わせたことで、エスカレーターで上がった先が「別施設の1階」という事態すら発生している。例えば、ネリオタウンの2階がカオシ堂の1階に直結する構造になっており、水平移動が垂直移動にすり替わる導線が混乱を加速させている。
カオシドロは調査報告書の中で、この点を「構造的二項混乱(structural binary confusion)」と表現している。すなわち、「利用者の移動意思に対して施設構造が反応せず、無作為の方向へと誘導される状態」である。彼はまた、「来訪者の回遊が増えたのではなく、ルートの選択肢が収束してしまった結果としての閉塞的回遊」と分析している。
また、アラモールの最大の問題は、「誰も全体構造を把握していない」という点である。運営側が保有するフロア図は、旧モールごとに分割された設計図面であり、統一された見取り図は存在しない。つまり、施設全体の鳥瞰的な俯瞰図が存在せず、設計ミスの発見や修正がそもそも困難だった。
一部のテナントオーナーは、自らの店舗が「同じ業態の店舗と隣接し、競争を強いられている」と不満を述べるが、配置変更の申し出はすべて却下されている。その理由は、契約上の移動不可条項と、アルバイトスタッフの通勤動線が最適化されているという“配慮”である。
さらに、同じ衣料品チェーンの店長3名が、それぞれ独立して営業戦略を組んでいたため、館内のポスターでは「本日全品20%オフ」「本日新作のみ10%オフ」「全品定価でお待ちしております」という矛盾する販促表現が同時に展開される事態も確認された。
このように、アラモールは「最適化」と称して、実質的には誰にも最適でない構造を生み出してしまったと言える。次章では、こうした構造的混乱のなかで提案された対応策と、それがもたらした皮肉な結果について検討する。
出口はある、が客は戻ってくる
アラモールの構造的混乱に対し、カオシドロは調査報告書の中で複数の是正案を提示した。その中心となるのが、来場者導線の明示化と情報伝達機能の再構築である。
まず第一に、彼は施設内の案内図の刷新と配置を求めた。現状、設置されている案内パネルの多くは「一時調整中」と表示され、利用不可能となっている。印刷型のフロアガイドに至っては、旧モールの名称や店舗名が併記されており、初めて訪れた利用者にとっては解読が困難な状態にあった。
さらに、施設内部の構造が「三次元的にねじれている」と誤解される原因として、「階段」「エスカレーター」「連絡通路」などの表記が、モールごとに異なる記号体系で設計されていることが判明した。例えば、ネリオタウン側ではエスカレーターが「E1」「E2」と表記されているのに対し、旧パブリコートでは「UP→」「DOWN↓」と文字だけで案内されていた。これにより、利用者が物理的には移動していても、認知的には「同じ場所にいる」と錯覚する現象が頻発した。
こうした問題の解決策としてカオシドロは、「色分けされた案内ゾーンの導入」「全館共通番号による施設コードの整備」「BGMによる空間の違いの演出」などを提案。特にBGMについては、各エリアで異なるジャンルの音楽を流すことで、利用者の記憶に空間の区別を植え付ける効果が期待されるとした。
しかしながら、この案に対して施設運営部は明確に反対の立場を取った。理由は、「来場者がスムーズに退出してしまうと、売上の機会が減る」という経営的懸念である。特にフードコートにおける消費は全館売上の34%を占めており、滞留時間が短くなることは、収益に直接的な悪影響を及ぼすと判断された。
そこで採用されたのは、あまりに皮肉な対策だった。
フロアごとのBGMを全館同一の“ファンタスティック不協和音爆散メドレー(63分)”に統一することで、滞留者の心理的疲労を促し、「長くいたくない」という感覚を人工的に生み出すという施策である。実際、この施策を実施した翌月から、来場者の平均滞在時間は6時間から1時間45分に短縮された。意図的な“心的圧迫”が、人間の行動パターンに影響を及ぼした結果と考えられる。
また、スリップ部長の判断により、全館フードコートでの「甘味類販売自粛」キャンペーンも実施された。これにより、滞留の原因とされた「スイーツ再購入行動」が減少し、結果として回遊の無限ループを一部遮断することができた。もっとも、「なぜ来るたびに団子が売り切れているのか」と不満を漏らす常連客もおり、新たな混乱が局所的に発生する結果にもなった。
さらに施設外の対策として、「出口は意外とすぐそこ」というキャッチコピーをポスターに使用することで、来場者の心理的不安を軽減しようとする試みもなされた。しかし、これが逆に「出口が簡単に見つからないことを自白しているのでは」とSNSで取り沙汰され、炎上寸前の事態となった。
その一方で、意外な効果も現れた。構造的な迷路性や時間喪失感が一部の層に「ちょうどいい暇つぶし」や「トリップ感覚」として受け入れられ、若年層を中心に**“迷うために行く場所”**として人気を集めはじめたのである。
こうした現象を受け、アラモール側は公式に「探索型回遊モール」というコンセプトを掲げ、逆手に取ったマーケティングを展開し始めた。SNSでは「#一生出られないアラモール」「#昼に入って夜に出た」などのタグが拡散され、施設の知名度は急上昇。来館者数は前年同月比142%を記録し、皮肉にも「迷わせる構造」がビジネスとして成立してしまったのである。
カオシドロは報告書の末尾にこう記している。
「出口はある。しかし、それが必要とされない場合もある。合理性だけが最適解ではない現場が、ここには確かに存在していた。」
この事件は、施設計画において「人の動きは計算できても、人の目的までは制御できない」という根本的な課題を浮き彫りにした。アラモールは今日も、出口のすぐそばで、また同じたこ焼き屋の香りを漂わせながら、来場者を静かに迎え入れている。