K休憩所

業務端末向けファイル同期システムにおける障害発生と対応に関する報告書

第1章:障害の概要と発生経緯

1.1 概要

2025年4月17日(木)午前8時03分頃より、KSDR-connect株式会社で運用中の業務端末向けファイル同期システム(以下「本システム」)において、ファイルの同期処理が一部の端末で実行されず、また同期処理の停止や不整合が発生する障害が確認された。本障害により、以下の影響が発生した:

  • 一部部署(総務部、営業企画部)における業務ファイルの参照・更新不可
  • 該当時間帯に作成されたファイルの一部が上書きされないままローカル保存される
  • ファイル差分検出機能が無効となり、更新通知の欠落が発生

障害は同日10時45分までに暫定的に復旧されたが、完全復旧に至るまでは更に1時間33分を要した。本障害は当該同期システムの内部プロセスにおけるロック制御処理の不具合に起因しており、後述のとおり構成変更および手順上の盲点が複合的に影響したものである。

1.2 発生の経緯(時系列)

時刻発生内容
08:03営業企画部より「ファイルが同期されない」との1次報告
08:07システム運用課にてログ確認開始。複数端末で処理保留状態を検出
08:15一部端末で強制再同期を実施(効果なし)
08:30障害対象部署を特定。全社アナウンスを実施
09:10同期管理サーバの一部モジュールでのエラーログ(LockTimeout)を確認
09:35管理サーバの一部再起動、バックグラウンドプロセスの手動終了を実施
10:12ログ上で同期処理再開を確認(段階的復旧)
10:45全端末での同期再開を確認(暫定復旧)
12:18全プロセス監視ログを確認、完全復旧と判断

1.3 初動対応の内容

障害発生直後、システム運用課にて即時に影響範囲の特定を実施した。報告から10分以内に複数端末で同様の不具合が発生していることが確認され、ファイル同期サービスのインスタンス側に問題があると判断。

初動として、影響範囲を特定するための以下の措置を実施:

  • 障害発生ログ(同期処理ログ、エラーログ)の手動取得
  • 部署別アクセスログとの照合
  • 同期プロセスの内部フラグ状態を確認
  • 該当時間帯におけるサーバ負荷状況(CPU使用率、IOスパイク)のモニタリング

問題の直接要因が、同期ロック競合の未解放状態によるものである可能性が判明したため、該当プロセスの強制終了と再起動によって暫定復旧を図った。

その後、全端末への再同期命令を投入し、段階的に復旧が確認されたため、障害の拡大は防止された。ただし一部端末においてファイルの重複保存、または同期漏れのケースが発生しており、当該ファイルについては個別に調査および復元対応を行っている。

第2章:障害の原因分析

2.1 発生個所と構成要素

本障害は、社内で運用されている業務端末向けファイル同期システム「SyncLayer Enterprise(以下、本システム)」の同期管理モジュールにおける排他制御不具合を主因とする。
対象コンポーネントは、同期スケジューラ・同期実行エージェント・メタデータキャッシュ管理プロセスで構成されており、今回はその中でも「同期ロック管理処理」(Module:LockCoordinatorService)が主たる障害発生源であることが特定された。

本システムは、複数端末からのファイルアクセス・変更を監視し、中央同期サーバを通じて双方向同期を非同期処理により実施している。同期処理はファイル単位でトランザクション的にロックを取得し、競合が発生しないよう排他処理がなされる設計となっている。

今回の障害では、当該ロック処理が特定条件下において解除されずにロック状態が持続し、以降の全同期処理が該当ロックの影響を受けて待機状態に入り、結果として同期が実行されないという現象が多発した。

2.2 技術的原因の詳細

2.2.1 ロック制御の解除不全

障害時のログ解析により、LockCoordinatorServiceが内部的に使用するミューテックスオブジェクト(ローカルプロセスレベル)と、グローバルロック管理フラグ(同期キュー単位)との整合性が失われた状態にあったことが判明した。
具体的には、以下の条件が同時に満たされた際に不整合が発生している:

  • 同一端末から同時に複数のファイルを更新しようとした場合
  • いずれかの処理がタイムアウトを起こし、異常終了した後、復旧処理が未完了のままセッションが維持された場合
  • メタデータキャッシュの更新タイミングと実際のファイル書き込みが非同期でズレた場合

このようなタイミングにより、排他制御の参照元と記録先が分離し、解放フラグが反映されない状態が生じ、結果的に後続のすべての同期リクエストがブロックされる状態に陥った。

2.2.2 監視スレッドの異常状態の見逃し

加えて、WatchdogThreadと呼ばれる監視スレッドが異常終了後に自動再起動されない設計であったことも、障害拡大を防げなかった原因である。
本モジュールは異常検知後に最大3回まで再試行する構造を持っているが、内部エラー(NullReferenceException)が非同期タスク内部で発生した場合、親スレッドに通知されず、例外が黙殺される仕様となっていた。
この結果、監視スレッドが沈黙したまま、障害状態が**「正常に稼働しているように見える」**形で維持された。

2.2.3 ログ設計上の情報欠落

障害発生当初、運用部門による確認ではログに異常が出力されておらず、問題の検出が10分以上遅延した要因となった。
原因は、該当のロック処理においてinfoレベルでの正常ログは出力されていたものの、異常発生時にはwarnレベルのログ出力条件が非常に限定的であったことにある。

開発時のログポリシーにおいて、「業務処理遅延系のエラーはログ出力を最小限に抑制する」方針が採用されており、運用部の監視体制と仕様設計思想が一致していなかった。
その結果、ログに明示的な異常が出力されないまま、実際には排他制御が継続的に失敗していたことが後に判明した。

2.3 間接的・構造的要因

2.3.1 テストシナリオの不備

今回の障害に該当する処理パターン(タイムアウト後のセッション生存、並列更新リクエスト重複、メタキャッシュ更新の失敗)は、いずれもシステムテストのカバレッジ対象外であったことが判明している。
特に、業務時間中における高頻度な並列ファイル更新操作(営業会議資料など)は、実運用で多発していたにもかかわらず、負荷試験において再現環境が構築されていなかった。

2.3.2 アップデート運用と事前通知の乖離

4月13日に適用された小規模アップデート(Ver.5.3.2)にて、LockCoordinatorServiceの内部API仕様が変更されていたが、当該変更についての事前通知およびレビュー手続きが実施されていなかった
変更点自体は性能最適化を目的としたものであり、外部仕様上の互換性を保っていたが、社内運用チームとの共有が未実施であったため、障害発生時に想定される挙動との照合が遅れた。

2.3.3 冗長構成未適用のタイミングと一致

本システムは、2025年5月を目処にフェイルオーバー構成への切り替えを予定しており、旧来の単一ノード構成で運用されていた期間中に本障害が発生した。
そのため、本来は自動切替で復旧が可能であったと想定される状況下において、障害が人手による対応に委ねられ、対応時間が長引く一因となった。

2.4 総合的評価

本障害は、単一の致命的欠陥によって引き起こされたものではなく、以下の複数の“軽微な設計判断の集合体”が複合的に重なった結果として発生したものと判断される:

  • 想定外パターンへの排他制御処理の耐性不足
  • エラー発生時のログ出力ポリシーの静的構成
  • 監視機構の非回復性(自動復旧処理なし)
  • 障害時に参照されるべき運用資料の整備不足

これらはすべて、致命的なバグではなく“起きたときに備えるべきだった小さな可能性”の領域に含まれるものであり、今後のシステム運用においては**「異常が起きた時の静けさ」に敏感になる運用設計**が求められる。

第3章:影響範囲と復旧状況

3.1 システムへの影響

今回の障害により、ファイル同期システム(SyncLayer Enterprise)の中核機能である端末間のリアルタイム同期処理が最大約2時間15分にわたり断続的に停止し、以下の技術的影響が確認された。

  • ファイル同期キューの蓄積による処理遅延(最大1,274件)
  • 一時的な書き込みエラー(I/O競合エラー)発生件数:43件
  • 一部端末におけるファイル重複保存(拡張子 _conflict の自動付与ファイル:128件)
  • ローカルキャッシュと中央サーバ上の同期状態に不整合が発生(同期タイムスタンプ不一致:75端末)

なお、システム自体のダウンやデータベースのクラッシュは発生しておらず、影響は同期機能レイヤに限定された。また、障害発生中も認証系・ログイン系・閲覧系の機能には支障がなかったことから、完全停止とは分類せず、「機能限定的障害」と位置付けている。

3.2 利用者・業務への影響

3.2.1 利用者端末への影響状況(定量)
  • 障害発生時点で本システムにログイン中だった端末:642台
  • うち、同期失敗ログを記録した端末:223台(約34.7%)
  • そのうち、再ログイン・再同期処理が必要となった端末:71台

ユーザーからの申告件数(社内サポート窓口への通報ベース)は以下の通り:

部署申告件数備考
営業企画部26件提案資料のアップロード失敗が複数発生
総務部14件勤怠提出書類の未同期による再提出指示発生
管理部門7件月次報告書の送信確認遅延
その他11件主に個別ファイル名の重複警告に関する問合せ
3.2.2 業務遅延・二次影響の例
  • 営業関連報告書の提出遅延(最大50分):顧客向け日報の送信タイミングが遅れたが、個別連絡によりリカバリ完了
  • グループ作業ファイルの編集競合:同一資料を複数名が異なるバージョンで編集し、一時的に内容が分岐
  • サーバ側で上書きされなかったファイルの再提出作業:当日午後までに完了(社内対応)

現時点で、社外に対する信頼性の毀損やクレーム等は確認されておらず、影響範囲は社内に限定されている

3.3 復旧作業の進捗と完了判断

3.3.1 復旧作業内容

以下の手順により、段階的に復旧処理が実施された:

  1. 同期プロセスの手動停止(対象:同期管理ノード3台)
  2. ロック状態を保持していたプロセスの強制終了(手動確認によるPID特定)
  3. 再起動後、全端末へ一斉再同期命令を投入(自動同期処理の再開ログを監視)
  4. ファイル差分の再構築:重複・欠損のあるファイルを対象に差分マージスクリプトを実行
  5. 業務データ整合性確認:対象部署と連携し、業務文書の最終状態を照合
3.3.2 復旧状況と整合性確認結果
  • 同期再開を確認した時刻:10時45分
  • 完全同期完了を確認した時刻:12時18分
  • ファイルの整合性確認結果:
    • 一致(復旧完了):1,062ファイル
    • 差分あり(手動修正・報告済):38ファイル
    • 欠損(ローカルにのみ存在、再送信対応):4ファイル

整合性確認は、管理ツール「SyncDiffCheck(社内開発)」によってファイルハッシュ比較とタイムスタンプ検証を行い、ログによる証跡を添付して報告済みである。
重大なデータ消失・破損は確認されておらず、業務データとしての実質的な損失は発生していないと判断される。

3.4 総合的影響評価

本障害により、短時間とはいえ複数の業務ファイルに対する同期遅延・一時的な更新停止が発生したことは事実であり、特に日次・月次業務が集中する時間帯において発生したことで、影響が拡大しやすい構造的脆弱性が可視化されたと言える。
また、ファイルの自動同期に依存する運用設計が進んでいたことから、同期不能状態における代替手段(例:一時的なローカル保存→手動アップロード)への切替が周知されていなかった点も、運用上の盲点として浮上した。

復旧対応そのものは計画的かつ段階的に実施され、完全復旧までの所要時間も許容範囲内に収まってはいるが、初動判断の遅れ、および障害の予兆検知の欠如が改善課題として残された。

第4章:再発防止策および今後の対応

4.1 技術的対策

4.1.1 排他制御ロジックの修正

障害の直接的要因であった排他制御の不整合に対し、以下の対応を実施・計画中である:

  • LockCoordinatorService 内部における ロック取得/解放の状態確認処理を強化
    • ロック保持時間の上限設定(10秒)と自動解放処理の導入
    • タイムアウト発生時にフラグ・メタデータ・ログの三重整合チェックを追加
  • エラーハンドリングの追加
    • 非同期処理における例外捕捉漏れへの対策(try/catchブロックの拡張)
    • WatchdogThread の自動復帰機能を再設計し、例外発生後のバックオフ&リスタートを明示的に定義
4.1.2 ログ出力仕様の見直し
  • 監視対象のログ出力レベルを見直し、warnerror レベルでの出力対象範囲を拡張
    • 例外発生だけでなく、処理遅延・非通常終了も記録対象に含める
    • 同期遅延が3秒を超えた場合は、warnログに記録されるよう仕様変更
  • ログ集約ツールの設定を見直し、リアルタイム監視対象ログの拡充(従来はerrorのみに限定)
4.1.3 自動診断・自己修復機構の導入検討
  • ロック状態の異常を検知した際、自動的に対象プロセスを再起動する「自己復旧プロセス」を試験導入
  • 対象プロセスが再起動した場合、対象端末・ファイル・処理時刻の詳細ログをトレーサビリティとして記録

4.2 業務運用上の改善

4.2.1 業務フローの明文化と代替手順の提示
  • 障害時における**代替ファイル共有手段(例:ローカルファイル+メール転送)**を業務マニュアルに明示
  • 同期不能時に使用可能なファイル区分(例:業務帳票、提案書など)を定義し、部門ごとの運用方針として周知
4.2.2 初動判断のルール化と共有
  • 障害検知から15分以内に影響範囲が把握できない場合は「全社アナウンス対象」とする判断基準を新設
  • 初動対応フローに**「暫定的な影響周知を行うことを優先する」**旨を明文化
  • 業務部門と運用部門での**情報共有ツール(専用チャネル)**の即時作成と運用を開始
4.2.3 教育・演習計画
  • 年2回のシステム障害訓練に本事例を組み込んだケーススタディ型研修を導入
  • 新任担当者向けに「ファイル同期機構の基本構造とトラブルシューティング」講座を実施(予定:2025年6月)

4.3 中長期的な対応計画

4.3.1 冗長構成の前倒し実装
  • 2025年5月に予定していた同期システムのフェイルオーバー構成への移行を2025年4月末に前倒し
  • 導入予定の冗長化構成:
    • メインノード+スタンバイノード構成(同期レプリカ反映)
    • ヘルスチェックによる自動切替/通知連携の実装
4.3.2 外部レビュー・監査の実施
  • 第三者による構成監査を2025年7月に実施予定
    • 障害の潜在要因、監視体系、ログポリシーの評価
    • 同期プロセスに特化した“異常系シナリオ”の再現検証
  • レビュー結果に基づき、運用設計およびソフトウェア仕様の改修計画を立案
4.3.3 SLA(サービスレベル合意)の見直し
  • ファイル同期システムの内部目標値(MTTR:平均復旧時間)を従来の「4時間以内」から「90分以内」へと再定義
  • 利用部門との合意形成に向けて、2025年6月に説明会・承認プロセスを予定

4.4 総括

今回の障害は、技術的には小規模な論理的不整合に端を発するものであったが、それに対する検知・対応体制の未整備が、業務影響の拡大に直結した事例であった。
ファイル同期という業務インフラにおいては、“正常であることが前提”の運用設計がいかに脆弱であるかが明確となった。今後は、異常発生を前提とした構造設計・運用設計への転換が求められる。

技術的な是正措置と並行し、業務的な柔軟性と部門間の即応体制を両立させることで、同種の障害が再び発生した場合にも被害を最小限に抑える体制の構築を進めていく。

※このお話はフィクションです。