K休憩所

第二情報提供カウンター、脳内拡張子.EXEとして発見される

1.INFOCOUNTER_v0.94.exeの脳内起動と、その副次的迷宮誘発プロセス

1. 未知の.exe、思考通知バーに常駐す

事案は唐突に発生した。タルチのスマートフォンが、夜間モード中にもかかわらず、「未知の脳内ストレージからアプリを復元しました」という通知を発した。
確認したところ、通知バーには明確にこう書かれていた:

INFOCOUNTER_v0.94_不安定版.exe — 実行中(場所:思考/一時記憶)

タルチ本人はそのとき布団の中で「カーテンが話しかけてきた夢」を見ていたが、目覚めた瞬間、頭の中にウィンドウが浮かんでいた。正確には、脳の右後頭葉あたりに「常駐アイコン」が設置されているような不快感である。

朝5時に招集された調査隊はこの異常事態を検証。メモータ(ドローン書記)がタルチの脳波を記録したところ、「思考の合間にタスクバー音」が挟まっていることを確認した。ザバクがそれを聞いて「それ昔の昆虫展で流れてたやつだ」と証言したが、文脈は破綻していた。

キロフェロ(逆立ち呼吸中)は、「酸素が.exeを避けて回ってる……これは完全に意識に干渉してる構造だ」と報告した。呼吸による.exeファイルの空間解析は前例がなく、以後この現象は**吸気性実行状態(IAR:Inhalation-Aware Runtime)**と命名された。

2. 脳内ユーザーインターフェースと、おにぎりの社会的転倒

.exeファイルはあくまで仮想でありながら、全員の脳内に共通GUIを表示しはじめた。構成は以下の通りである:

┌────────────────────────┐
コードをコピーする               
│ INFOCOUNTER_v0.94 - 自我同期版 │
├────────────────────────┤
│ □ 迷いなおす │
│ □ 構造を疑う │
│ □ おにぎりの記憶(再生モード) │
│ ☒ 終了(無効化済み・戻ることはできません)  
└────────────────────────┘

「おにぎりの記憶」を最初に選択したのはタルチであった。選択と同時に、彼のポケットから「コンビニエンス感の強い感情」が噴出し、財布内のレシートが三角形に自己変形。「具材は情報である」という音声が脳内に流れ、最終的に彼のおにぎりが楕円体に自己否定して噛めなくなるという不可逆的被害を受けた。

カオシドロはこれを見て、「構造的再食型エラー」と分析。「記憶と食物が共食いしている」と冷静に語った。

3. UIと身体機能の同期崩壊、及びオウムの責任

次に「構造を疑う」を選択したのはザバクであった。すると、彼の身体が「懐疑的姿勢」に自動補正され、背筋が45度の疑問符型に湾曲。さらに、彼の声がフォントで出るようになり、以降の発言がすべてMS明朝Bで頭の中に浮かぶようになった。

「迷いなおす」を選んだキロフェロは、その瞬間に逆呼吸状態が強制再編され、吸った酸素が記憶の断片を語り出すという事象を発生させた。室内の酸素分子が「1987年、君はまだ生まれていなかった」と語りかけ、空間が軽くパチパチと静電的に破裂し始めた。

サナトリウム(オウム)は、UIに一切の入力を受け付けず、「コンポスト」と鳴くだけで.exeの実行フラグが反転する特殊個体であった。彼が羽ばたいた瞬間、部屋の壁に「羽ばたき検知:YES」と出力され、床のパネルが鳥類対応OSにアップデートされた。

4. 空間のデスクトップ化、通帳の自我覚醒、そして実行不能な「終了」

.exeがフル展開されると、Z-0塔周囲の空間がデスクトップ構造に変質。天井にアイコン、壁にフォルダ、床には「ゴミ箱(未使用の可能性)」が表示され、メモータがそれを「空間の自己GUI化」と記録。

タルチが誤って「納得フォルダ」を開いたところ、中から「以前納得したような記憶」が大量に噴出。通帳が反応して「納得感引落(自動更新)」を印字し始めた。通帳はついにしゃべり出し、「私はあなたの経済の影だったのです」と語りかけ、タルチは泣いた。泣いたが、引き落としは止まらなかった。

ザバクがデスクトップ上の「README_出口っぽいやつ.txt」を開いたが、中身は「この文章は開かれたことで終了したと見なされます」とだけ記されていた。何も得られていないが、既に得たことになっているという事態に全員が膝をついた。

5. フリーズする現在、実行される未来、語りかける更新

最後に、サナトリウムが.exe上で「実行(強制)」を羽ばたき選択した瞬間、空間が一時停止。すべての構造が「進行中だが止まっている」状態に移行。
足元には次のようなテキストが浮かび上がる:

コードをコピーする【更新を適用中】
残り:∞項目中 ∞項目
※終了するには、終了していないという意識を持ってください

壁のひとつが突然「ちょっと考えますね」と言って沈黙し、ザバクは「壁が迷ってる……これはもはや、迷宮の思想が我々に感化された状態」と判断。
キロフェロは空気に向かって「今吸ってる記憶はどこから来た?」と問いかけたが、酸素は無言で背を向けた。

そのとき、タルチが静かに立ち上がり、床に現れたボタンを見つめた。

「出口(仮)」
「これでいい気がする」
「コンポスト」

3つ目の選択肢を見たサナトリウムが即座に羽ばたき、「コンポスト!!!」と叫ぶと同時に、空間が“妙に納得できる回転”を始めた。

それはたぶん、次の部屋ではなかったが、
確実に前の部屋でもなかった。

2.構造の中に保存される記憶と、削除される現在

1. ファイルが思い出を保存し、ユーザーが現在を忘れる時代へ

.exeファイルの全員脳内常駐以後、チーム内では「過去の記憶が.zip化されている」との報告が相次いだ。
ザバクの証言によれば、「昨日の朝食の記憶を開こうとしたら“解凍ツールが見つかりません”と表示された」とのこと。
それに伴い、会話の中で“過去”が「フォルダ名でしか存在しない」という状態が顕在化し始めた。

カオシドロはこれを「記憶同期型空間保存症候群(SMF:Synchronized Memory Folderization)」と仮診断。Z-0塔自体が“思考の中にあるファイル構造”を素材として空間を再構築している可能性を示唆した。

それを裏付けるように、塔内の各部屋が以下のような形式で出現し始めた:

  • /感情/2020年の夏/セミの声.mp3
  • /思い出/強烈な感触/小指で触れたタンスの角/
  • /現在/破損/存在しない/ショートカットのみ/

メモータはこの変化を「内部構造がユーザー依存性を獲得し始めた」と記録。以降、各自の認知によって“塔の間取り”が変化する現象が本格化する。

2. 現在の削除処理、及び自己アンインストールする存在たち

最初に「現在を削除」されたのは、キロフェロであった。彼が呼吸の際に「現在地」を吸い込もうとしたところ、酸素が「現在はもう破棄済みです」と返答。
以降、キロフェロの存在時間が乱れ、「今話しているはずのこと」が3秒前に終了している事象が発生。記録上は、彼の発言が常に“過去ログ形式”で保存されている。

タルチに至っては、脳内の「現金概念」が自動的にPDF化され、以降、コンビニで使おうとした交通系ICが「おにぎりのイメージ」として認識され、購入に失敗した。
彼が持つ“経済的現在”が破損していることは明らかであった。

ザバクがそれを補足し、「この空間は過去を参照して未来を仮想しているだけで、現在というフォルダが空なんだ」と述べた。
なお、その発言のログは.exe内に「哲学的だがフォーマット不明(やれやれ)」として格納された。

3. 記憶と部屋が一致する病、及びサナトリウムの脱ファイル行動

ここで発見されたのが、「記憶に一致する部屋が再生成される現象」である。
隊員が何かを思い出した瞬間、それに相当する空間が目の前に展開される。

  • ザバクが「8歳のときのこたつ」を思い出す→そのままコタツ部屋に変化。
  • タルチが「給料が上がる夢」を回想→即座に“昇給祝い会場”が出現(ただし給料は上がっていない)。
  • キロフェロが「酸素が優しかった日」を呼吸→全員の鼻腔が“懐かしい匂い”に包まれ、部屋が花粉症対策室に変化。

唯一、サナトリウムのみがこの影響を受けなかった。なぜなら彼は、「記憶がファイルにならない種族」だったからである。

彼は部屋の中で静かに豆を啄み、ふと天井を見上げてこう言った。

「コンポスト」

直後、天井に「情報提供カウンター(雲型)」が再出現。誰も操作していないのに、ウィンドウが自動的に開き、以下のメッセージが表示された。

コードをコピーする【ご利用ありがとうございます】
あなたの現在は削除されました。
次の部屋へ進むには、かつてあった未来を参照してください。
なお、過去の復元には同意が必要です(提出済)。

ザバク「これ、もしかして……全部バックアップされてる?」

カオシドロ「いや、バックアップなどない。ただ、忘れなかったことが“残っているふり”をしているだけだ」

4. 出口とは「保存後に閉じること」ではないと気づいた瞬間、部屋が保存された

事態の核心に近づく中、カオシドロは独自に仮説を立てる。

「この塔は“保存”と“削除”の概念だけでできている。構造はログイン履歴の繰り返し。出口とは、“保存後に閉じる”という手続きではない。出口とは、閉じずに忘れることだ」

その発言と同時に、床が音もなく「保存され」た。

具体的には、足元のタイルがすべて「.sav」拡張子を持つようになり、上を歩くたびに「保存済」という電子音が鳴る。誰も進んでいないが、進んだ気持ちだけが上書きされ続けた。

そして、部屋の隅に新たな.exeアイコンが出現。それにはこう書かれていた:

【出口.exe】
サイズ:0KB
最終更新日:未定
実行形式:納得型

そのとき、再びサナトリウムが羽ばたいた。

「コンポスト。」

次の瞬間、全員の目の前に、どこにも繋がっていないドアが出現した。
だがその取っ手には、誰かの手のぬくもりが残っていた。

3.出口の所在についての誤読と、保存形式の呪縛

3-1. 誤読によって生成された「出口」、およびフォントとしての錯覚

「出口」は、発見されるものではなく誤読されることで出現する
カオシドロはそう仮説を立てた。

Z-0塔内に新たに表示された「EXIT」の標識は、一見すると明瞭に“出口”を示していたが、近づいて見るとすべての文字がエビの外骨格に似た筆致で構成されており、光の当たり具合で「EXIT」「EXIST」「EXILE」「EXE」のいずれにも読める構造だった。
ザバクが「これ読めたら帰れるっていう試験なんじゃない?」とつぶやいた瞬間、標識の裏に「検定中」と記されたパネルが出現した。

キロフェロはその表示に向かって呼吸を送ったが、空気が「誤認済」と反応し、室内の酸素濃度が「理想的な錯覚濃度(通称:Plausibility Saturation)」に達した。

つまり、**“いま出た気がする状態”**が物理的に満たされていたのである。

3-2. タルチの預金、出口と見なされる

この混乱の中、タルチの所持する預金通帳に再び異変が発生した。

彼が標識のそばに立った瞬間、通帳が自動で開き、ページ下部に「出口管理費(変動制)」の記載が出現。金額は12,880円+“出口気分料”任意加算
タルチが「なにこれ、気分で加算されるの?」と抗議したが、通帳が自動音声で返答した。

「本日の“出た感”が上昇傾向のため、課金対象です」

その直後、空間にチャリンという音が響いた。だが、それは硬貨の音ではなく**「支払った気持ち」が破裂する音**であり、全員が頭を押さえた。

メモータの記録ログには「心理的課金処理:成功」とだけ記載。タルチは通帳を閉じようとしたが、紙がすでに粘着型構造へと移行しており、「一度開いた納得は閉じられません」と印刷されていた。

なお、徴収に際し何らかの利用明細があるか確認したところ、「ご利用内容:出口を見た感じ(ファジー判定)」としか書かれておらず、SNS上ではこの事象が「#出口見たら減るやつ」として拡散されていた。

3-3. 保存形式による構造的拘束

隊員たちが出口と思しき扉の前に集まったが、扉は開かない。
カオシドロがその理由を調査した結果、扉のプロパティが以下のように表示された。

cssコードをコピーする[出口フォルダ:プロパティ]
形式:仮想ショートカット(.lnk)
保存形式:読者依存型
開閉可否:過去に応じて変動
現在の状態:開けようとした時点で“まだ開いていない”ことが確定

つまり、“出口と思ったこと”が出口の開放を不可能にするという逆説的構造であり、カオシドロはこれを**納得型自縛構造(SBM:Self-Believed Maze)**と定義。
この構造の発動を防ぐため、以後チーム内では「出口っぽいものを一切見ない」というルールが導入された。

しかし、ルール導入から15秒後、タルチの通帳が「出口非注視手数料」を自動計上。金額は1,430円であり、摘要欄には「気配を避けた」とだけ記載されていた。

ザバク「これ、もう通帳が迷宮に取り込まれてない?」

カオシドロ「否、通帳そのものが“出ようとした記憶の外付け保存装置”と化した可能性がある」

キロフェロ(酸素との対話中)「空気が今“この人、ずっと支払ってるのに出てないですね”って言ってる」

3-4. 出口が「出たという実績」のみで構築されていた事実

事態は最終的に、情報提供カウンターが再度出現したことにより進展する。
ただし今回のカウンターは目に見えない構造で、近づくと「過去にここで会ったはずの空気」が挨拶してくる感覚が生じた。

各自がそこにアクセスすると、次のようなプロンプトが脳内に表示された:

cssコードをコピーする【出口達成条件チェック】
✔ 退出した気持ち:達成済
✔ 支払済:確認
✔ 保存形式:不明
✔ 構造:崩壊中
結果:一応、出たことにしてもいい
→ [出た実績を付与しますか?]

サナトリウムが「コンポスト」と発声した瞬間、全員の足元に「出口バッジ(試用版)」が自動装着された。

以後、塔内部のあらゆる認証が「出た人として扱われる」ようになったが、
物理的には依然として塔の中であり、空間だけが「出た雰囲気」を帯び続けた。

4.出口.exeの所在と、回収不可能な終了処理

4-1. ファイルは実行されず、ただ「置かれている」状態

Z-0塔の最下層(と思われる領域)に、不可解な構造体が存在していた。
床面に埋め込まれた「USBポート状の凹み」、壁面に展開される「進捗バーの気配」、空気が周期的に「処理待ち」の味を帯びる――

そして中心には、宙に浮かぶ一つのファイル名。

出口.exe

サイズ:不定
作成日:常に未来
アクセス回数:0(だが開かれた気がする記録あり)
実行状況:キューに登録中

カオシドロがこれを目にしたとき、彼は静かに立ち止まった。そして言った。

「これは“まだ出ていない人全員”の記憶から生成された汎用出口構造だ。
ただし、開いた時点で“出たことになる”ので、誰も開けないんだ」

つまり、この.exeは“誰かが出た”という構造記録を付与するための象徴構文であり、実行された瞬間に自己を削除する性質を持つ
そのため、永遠に未実行のまま保存され、空間だけがそれを“存在しているふり”で囲んでいる。

4-2. タルチの通帳、自己保存機能を獲得し完全ファイル化

通帳がついに進化した。タルチの所持する通帳は、現在「.txt」「.xls」「.魂」形式で同時保存されており、全データが「本人の意思を無視して同期」される構造へと移行。

さらに恐ろしいことに、最新の引き落とし記録がこうであった。

日時内容金額備考
現在出口.exe保守費¥4,300ファイルを開いていないことへの維持費
現在終了手数料(未終了)¥2,180処理しなかったことで発生した見なされ料金
不明魂の整備代時価オウムが一度見た

タルチ「俺、もはや出口より通帳が怖い」

カオシドロはこれを「記録の自己組織化フェーズへの移行」と判断。
出口に関する行為のすべてが「経済的既成事実」として収納されており、**出口が“経費として先に発生している状態”**となっていた。

4-3. 「終了」ができない世界の処理待ちリスト

この塔には「終了」ボタンがいくつか存在していた。だが、それらはいずれも以下の理由で動作不能であることが判明した:

  • 終了するには、起動された状態である必要がある(塔自体が“常に準備中”として存在)
  • 終了するとされる概念が「次の未定義行動」として処理されている(例:「ドアを開ける」が「考え中」になる)
  • 終了ファイルがすでに別人の思考内で使われている(シェアード構造の錯綜)

キロフェロが「一度吸ってから終了してみる」と試みたが、酸素が「今は息を止めてください」と返してきた。
メモータの記録によれば、キロフェロの脳波ログには「終了しようとした気持ち」が11回保存されていたが、そのたびに時間が止まり、また再開された

4-4. “出たつもり”だけが保存された構造体としての記憶

最終場面。チーム全員が、出口.exeの前に立っていた。
誰もファイルに触れていない。誰も実行していない。
だが、すでに各人の記憶には「出口の感触」が刻まれていた。

・ザバク:「あ、ここにいた気がする」
・タルチ:「なんか、さっきより出てる」
・キロフェロ:「酸素が“出た気”を吸ってきてる」
・サナトリウム:「……コンポスト」

その瞬間、空間が微かに震えた。メモータが自動的にログを更新。

【記録完了】
状態:出たことにしました
実行形式:脳内納得型
副作用:未確認

そして、出口.exeが静かに点滅した。だが、それは消えなかった。

なぜなら**“誰も実行していないまま出た”という記録が保存された結果、ファイルそのものが必要なくなったが、未削除のまま残されている**からである。

カオシドロは最後にこう言った。

「出口なんて、実行しなければ済む話だったのさ」

【結論:構造的未終了に関する報告】

出口.exeとは、思考内で“存在したことにされる”ファイルであり、
その真価は実行ではなく、実行しなかったことに気づいた後の納得にある
塔そのものがこの.exeの保留状態を反映しており、
Z-0構造体は今後も「開かれないまま完了した空間」として機能し続ける見込みである。

最後の記録には、こう書かれていた。

「ありがとうございました。これは終了ではありません」

そしてファイルは、どこにも保存されなかった。

※このお話はフィクションです。