ザヌャ・エフェクト
1.偶発する期待と、不在の説明──ザヌャ4ケ現象の萌芽
1-1. 抽選会の背景と基本構造
2025年12月24日、総合スーパーマーケット「カオシ堂」本店(T県喧騒市喧騒町1丁目)において、恒例の年末特別抽選会が開催された。本イベントは、年間購買額に応じて提供される専用通貨「シドロコイン(購買額1万円につき1枚)」を用いてガラガラポン(正式名称:回転型購買価値抽出機)を回し、景品を獲得する形式である。
例年、1等は「大型液晶TV」または「カオシ堂商品券5万円分」とされ、比較的当選口数も多く設定されていたため、地域住民にとっては年末の一大行事かつ、実質的な「現実的夢」として高い人気を誇っていた。
しかし2025年度版抽選会においては、事前告知されていなかった「1等の上に存在する景品」として、謎の記号列『ザヌャ4ケ』が特設ホワイトボード上に小さく追記され、スタッフ間でも統一された説明が存在しない状態で運用が開始された。
1-2.カオシドロ氏の担当業務と情報制限
カオシ堂パートタイマー歴12年、年齢39歳、職業:フリーターのカオシドロ氏(本名同一、以下同)は、当日、抽選会場設営及びガラガラポン管理担当として配置されていた。
彼の職務内容は、抽選機の定期的な潤滑処理、球の回収および再投入、不審行動者の記録報告、並びに高額当選時の確認業務に及ぶ。
なお、カオシドロ氏には事前に「ザヌャ4ケ」なる景品についての説明は一切共有されておらず、マニュアル上でも「非公開対応」と明記されていたことが後に判明している。
1-3. イベント当日の発生状況
午前10時の開場直後から、予想を上回る来客数(前年比152%)が押し寄せた。特に、SNS上で流布された「今年は1等の上があるらしい」という情報が影響したとされる。
抽選機には標準玉(白)、2等玉(赤)、1等玉(金)の他に、確認されていなかった特殊玉(透明に青い斑点付き)が投入されており、これが「ザヌャ4ケ」当選のトリガーであることが後に判明する。
午前11時43分、主婦層の1人(年齢不詳、職業:転売業)が特殊玉を引き当て、担当のカオシドロ氏に当選申告を行ったが、カオシドロ氏は即座に判断を下せず、「本部確認中」として20分間顧客を待機させる事態となった。この間、周囲には不可解な緊張感と期待感が拡散し、抽選会場の平均滞留人数は一時的に通常の4.3倍に達した。
1-4. 「ザヌャ4ケ」発動と初期対応
20分後、本部指令室から無線連絡が入り、「対象当選事案について、特別封筒A-4型を渡し、詳細説明は不要」との通達が下された。
これを受け、カオシドロ氏は標準化手順書(簡易版第5刷)に則り、対象顧客に対してA-4封筒(表面に『祝』とだけ筆文字印刷されたもの)を手交したが、内容物や今後の手続きに関する一切の説明は禁止されていた。
その後、カオシ堂本店内の掲示スペースには突如、「本日、ザヌャ4ケ第一号発生」という赤地白抜きのポスターが掲示され、会場全体に不可解な祝賀ムードが醸成されることとなった。
しかし、何を祝っているのかについては誰一人理解できておらず、来場者同士による推測と噂話のみが加速度的に膨張していった。
1-5. 二例目・カオシドロ氏による「自己抽選」事案
14時17分、混雑緩和策としてスタッフも交代制で抽選機を回すことが本部より命じられた。これは「稼働試験を兼ねた顧客巻き込み型パフォーマンス」と位置づけられていたが、ここで想定外の事象が発生する。
カオシドロ氏が、模範抽選として回転を行った結果、再び特殊玉(透明に青い斑点付き)を排出してしまったのである。
この「スタッフによるザヌャ4ケ当選」という極めて稀有な事象に対して、本部は直ちに「自家中毒判定規程(仮称)」に基づく内部処理を決定。カオシドロ氏にもA-4封筒が手渡されたが、その封筒は顧客用のものと異なり、封がわずかに湿潤しており、また内側から微弱な発光が確認された。
カオシドロ氏本人は、「お受けします」と小声で述べ、抽選台脇に用意されていた臨時受賞者待機エリア(パイプ椅子と無地の仕切りカーテンのみ設置)に静かに移動した。
この時、彼の移動経路を取り囲んだ群衆からは自然発生的に拍手が起こったが、拍手のリズムは一定せず、拍手と沈黙が入り混じる不協和音的空間が生成されたことが、後の社会心理学調査「カオシ堂事案報告書2026」にも記録されている。
かくして、カオシ堂本店における年末特別抽選会は、
- 抽選対象物の説明欠如
- スタッフ自身の当選
- 封印的手続きの強行
という三重構造によって初動段階から情報混濁化し、結果的に「何が起こったのか分からないが、何か重大なことが起きた」という認識だけが地域社会に拡散されるに至った。
2.拡散する謎と、社会的認知過熱──『ザヌャ・パニック』の顕在化
2-1. 抽選会参加者の困惑とSNS拡散現象
「ザヌャ4ケ」という景品表示は、抽選会当日、一般参加者に対して極めて異例な困惑反応を引き起こした。
特に、第一当選者(職業・転売業)及び第二当選者(カオシドロ氏)の両名が、
ともに「詳細説明を受けない」という異常な取り扱いを受けたことにより、会場内外での情報伝播は急速に加速した。
抽選機前では、
- 「4ケって、4ケタの暗号って意味じゃない?」
- 「ザヌャって、南米の神様じゃなかったっけ」
- 「そもそもこれ、漢字なのかカタカナなのか読めない」
など、未確認情報に基づく推測が交錯した。
また、イベント当日13時45分には、SNS上にて「#ザヌャ4ケ」タグが生成され、同日18時には地域トレンド1位を獲得。
トレンド入り後24時間以内での関連投稿数は約18万件(カオシ堂マーケティング部調べ)に達し、これは同社通常キャンペーン時の約64倍の速度に相当した。
なお、カオシドロ氏が特殊玉を引き当てた瞬間の動画(第三者による無断撮影)が拡散され、
「この人(カオシドロ)、何か知ってる顔してる」という誤解を含んだ二次拡散が発生。
結果、本人を巡る都市伝説的解釈(例:「カオシ堂の選ばれし巫者」「内通者説」「過去から来た説明員説」等)が自然発生的に乱立する状況となった。
2-2. 店舗側の説明回避と謎深化プロモーション
カオシ堂本部は、抽選会当日に「説明の省略」を決定した後も、一貫して「無説明方針」を維持した。
これにより、「企業としての危機対応ミス」との批判が生じる一方、意図的に謎を深化させるプロモーション戦略ではないかとの憶測も拡大した。
特に注目されたのは、抽選会翌日に設置された「ザヌャ4ケ記念コーナー」である。
同コーナーには、白い布で覆われた四角形の台座と、なぜか傾いた金属製ポールだけが設置され、
説明パネルには「この先を知りたければ、あなたも回せ」とのみ記されていた。
このミニマルかつ挑発的な演出手法は、「意味を与えないことによる意味生成の促進」(非文脈誘発理論、NCI)に基づくものと一部では推測され、
消費者行動分析の観点からも異例の事例として注目された。
2-3. 地域社会における「ザヌャ・パニック」とその影響
わずか3日間で、ザヌャ4ケに関する噂は喧騒市全域に拡散し、
一部小中学校では「ザヌャ禁止令」(校内で話題にすることを禁止する内部通達)が出される事態となった。
地域高齢者サロンにおいても、「ザヌャ体操」と称する謎の体操が独自開発されるなど、
本来予定されていなかった文化的派生現象が次々と発生した。
さらに、地元FM局では「ザヌャ特集番組」が組まれ、
司会者が「4ケとはもしかして、家族4人分のケ(ケーキ)のことではないか」と真顔で発言し、結果的に聴取率が通常比1.8倍に上昇した記録が残っている。
一方、当初当選者であるカオシドロ氏は、イベント後1週間にわたり、
自身のSNSアカウントに無差別なDM(例:「ザヌャの意味だけ教えてくれ」「4ケって臓器のこと?」等)が殺到し、
一時的にアカウントを非公開設定とせざるを得なかった。
これら一連の事象は、
- 意図せざる認知過熱(Unintended Cognitive Overheating)
- 社会的期待値錯乱(Social Expectation Disarray)
と呼ばれる現象モデルに該当すると推察される。
3.混乱型期待値制御理論(CEM)による認知攪乱の分析
3-1. 賞品設計における「混乱型期待値制御モデル(CEM)」の導入
ザヌャ4ケ導入に際して、カオシ堂本部が意図的に採用したと推定されるのが「混乱型期待値制御モデル(CEM:Confusion Expectation Management)」である。
この理論モデルは、顧客に対して明示的報酬を提示する代わりに、解釈不可能な報酬記号を提示し、期待値そのものを個別自律的に発生させることで、
通常の満足度曲線を超越した「不可逆型購買関与状態(Irreversible Engagement Phase)」へ導くことを目的とする。
CEM理論では、以下の三段階フェーズが仮定される。
- 第一段階:意味不全刺激の提示(ザヌャ4ケ表記)
- 第二段階:自主的意味構築過程の誘発(SNS憶測)
- 第三段階:意味依存型購買行動の発生(再来店・追加購入)
現場観察によれば、カオシドロ氏の当選後、
ガラガラ抽選会への再参加希望者数は前日比280%増、売場内滞留時間は平均27分から49分へ延伸しており、
これはCEMモデルの仮説を強く裏付けるものである。
3-2. 景品名称に用いられた逆構文符号化理論(RSE)
「ザヌャ4ケ」という表記自体に関しても、特筆すべき技術的仕掛けが存在すると考えられる。
これが、情報記号理論の一分野である「逆構文符号化理論(RSE:Reverse Syntax Encoding)」の適用である。
RSE理論に基づけば、
- 意味を持つ単語(例:「ザ」「ヌ」「ャ」)を無秩序に接続する
- 数字と漢字に見える記号を混在させる
- 読解行為に対して無駄な認知リソースを消費させる
ことで、受信者側に微弱なストレスと高揚感を同時発生させる効果が得られる。
カオシ堂のザヌャ4ケ表記は、まさにこの逆構文的手法を忠実に踏襲しており、
カオシドロ氏を含む多数の抽選会参加者が、「なんとなく凄そう」と感じながらも、
具体的な内容把握に至れない状態に置かれた事実は、RSEの成功例とみなすべきである。
3-3. カオシ堂経営戦略における「知覚的ズレ応用施策」の可能性
さらに深掘りすると、カオシ堂経営陣が全社施策として
「知覚的ズレ応用施策(Perceptual Displacement Application, PDA)」を導入していた可能性も指摘される。
PDA施策では、顧客の期待知覚を意図的にずらすことで、
通常なら生じる失望リスクを無効化し、「よく分からないけど得をした」という錯覚満足を最大化する手法が採用される。
具体例としては、
- 透明で斑点付きの玉の投入
- 賞品引き換えにおける封筒渡しのみの儀式化
- ザヌャ4ケ記念台座の無意味化設置
などが挙げられる。
特に、カオシドロ氏が自己抽選により特殊玉を引き、さらに自らの手で「何も知らない景品」を受け取ったという一連のプロセスは、
PDAモデルにおける「自己巻き込み型ズレ生成(Self-Involved Displacement)」の典型例とされる。
3-4. 地域文化における“超文脈的理解”の不足問題
一方、この一連の施策が引き起こした地域社会の混乱は、
「超文脈的理解(Hypercontextual Literacy)」の不足によるものとも考えられる。
超文脈的理解とは、明示されない背景・意図・比喩を即時に読み取る能力を指し、
これが欠如している社会集団においては、意図的ズレを含む施策が過剰混乱を生じやすい。
カオシ堂の立地する喧騒市は、旧来型商店文化の色濃く残る地域特性を有しており、
形式や儀式よりも「中身の明示」を重んじる文化的基盤がある。
このため、ザヌャ4ケ施策は本来想定された範囲を超えて、「社会的エラー」として拡大解釈される結果となった可能性が高い。
特に、カオシドロ氏が当選直後に受けた不可解な注目と、
後続するSNS過熱は、超文脈解読力の乏しさが引き起こした副次的混乱現象と総括できる。
4.失われた意味、そして白紙──社会的期待操作の限界と教訓
4-1. 抽選会後の対応と「特別対応室(仮設)」の設置
ザヌャ4ケ抽選事案発生後、カオシ堂本部は緊急対策会議(仮称:第18回特異事象対処委員会)を開催し、
現場混乱の沈静化を目的として、店舗敷地内に「特別対応室(仮設)」を設置した。
対応室はプレハブ小屋形式で、室内には以下の設備が設置されたことが記録されている。
- 謎の深緑色のカーペット(用途不明)
- 回転式黒電話(応答先未設定)
- 無人の受付カウンター(書類なし)
- 「ザヌャについての個別問合せは不可」とだけ書かれた横断幕
特別対応室では、来訪者に対して「何も説明しない」という徹底方針が取られ、
結果として対応室前には連日50人〜120人規模の謎待機列が発生した。
列形成の動機は「何か知れるかもしれない」という純粋な期待感であり、これ自体が再度CEM(混乱型期待値制御モデル)の効果を証明する形となった。
カオシドロ氏も、対応室設置初日に自主的に列に並び、
「あっ自分関係者だった」と列の途中で気付き、静かに離脱したことが監視カメラ映像に記録されている。
4-2. 発表された「ザヌャ4ケ」の正体と更なる混乱
事件発生から約2週間後、カオシ堂公式サイトにて、
ザヌャ4ケに関する一応の説明文が掲載された。内容は以下の通りである。
【ザヌャ4ケに関するご報告】
- ザヌャ:当社オリジナル開発による新型価値単位です。
- 4ケ:4個分のザヌャを指します。
- ザヌャ単位換算率、および実物提供は時期未定となっております。
- 引き換え方法は後日、郵便にてご連絡予定です。
この発表は、説明であると同時に新たな混乱を招いた。
「新型価値単位とは何か」「換算率未定とは通貨未満ではないか」
「郵便で来るということは、物理的なものなのか」等、さらなる解釈分裂が発生した。
当選者であるカオシドロ氏にも、後日「重要」とだけ書かれた無記名封筒が届いたが、
中には白紙の紙が4枚だけ入っていたと証言されている。
カオシドロ氏は当該封筒を「大事に保管している」と述べたが、
それが義務であるのか、あるいは恐怖心によるものなのかは不明である。
4-3. 混乱型マーケティング戦略の倫理的限界
一連のザヌャ4ケ事案により、CEM理論・RSE理論・PDA施策が実運用され得ることが示された一方で、
「対象社会の認知耐性限界」を超えた場合、
混乱は単なる好奇心レベルを超え、社会的疲弊を引き起こすことが明らかとなった。
特に喧騒市においては、事件後1か月間、消費者の購買意欲が通常比68%減少する「期待値リバウンド現象」が観測されており、
この数値は日本国内マーケティング史においても異例の水準とされる。
カオシ堂本部は現在、ザヌャ施策に関連する内部検証委員会(非公開型)の設置を進めているが、
再発防止策がどのように策定されるかは、依然不透明である。
4-4. 結論と教訓
ザヌャ4ケ事件は、
- 社会的期待操作
- 混乱型誘導マーケティング
- 超文脈的認知資本の欠如
が複合的に交差することで発生した、稀有な社会現象であった。
教訓として、
「説明のなさ」
「意味の曖昧さ」
「期待の空回り」
が、一定条件下では人間社会において破壊的な影響を持つことが明らかとなった。
我々は、情報の過多に疲弊した現代において、
むしろ「意味のなさ」にこそ過剰反応するという認知構造を持ってしまっているのかもしれない。
カオシドロ氏が手にした4枚の白紙は、
未来への価値の布石か、あるいは無意味さそのものの証拠なのか──。
その問いに対する答えは、今もなお、誰の手にも届いていない。
※このお話はフィクションです。